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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)271号 判決

東京都大田区中馬込1丁目3番6号

原告

株式会社リコー

同代表者代表取締役

浜田広

同訴訟代理人弁護士

稲元富保

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

丸山英行

小暮与作

及川泰嘉

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第3463号事件について平成6年9月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年12月28日、名称を「ファクシミリ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和57年特許願第227360号)をしたが、平成4年1月14日拒絶査定を受けたので、同年3月5日審判を請求した。特許庁は、同請求を平成4年審判第3463号事件として審理し、同年7月14日出願公告の決定をしたが、特許異議の申立てがあり、平成6年9月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年11月2日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

アナログ回線網およびデジタル回線網に接続してデータをやりとりするための網制御手段と、

上記アナログ回線網およびデジタル回線網のおのおのに対応した伝送制御手順処理を行なう通信制御手段を備え、

上記網制御手段は、

上記アナログ回線網に接続するためのアナログ回線インタフェース手段と、

上記デジタル回線網に接続するためのデジタル回線インタフェース手段と、

上記アナログ回線網から着呼があったときには、上記アナログ回線インタフェース手段による回線閉結を制御する一方、上記デジタル回線網から着呼があったときには、上記デジタル回線インタフェース手段による回線確立を制御する制御手段を

備えたことを特徴とするファクシミリ装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)〈1〉  これに対し、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭57-79840号(特開昭58-197952号公報参照)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「先願明細書」という。)には、一台のファクシミリ装置で仕様の異なる網に対してファクシミリ伝送可能としたファクシミリ装置に関する発明が開示されており、そこには「制御バス1aを介して主制御部1と接続された伝送制御部2は、この実施例では、ローカルネットワーク用、公衆データ網用、一般加入電話網用の夫々のプロトコールを3種類有する。なお、各プロトコールのうち装置の初期識別情報の交換手順等の部分は共通しているので、この共通部分は同一のプログラムで構成される。そして、上記のように、入力部からのデータに基づいて、主制御部1が所定のプロトコールを選択するように命令を出した場合又は、後述の網制御部7に着信があった場合には、その網に対応したプロトコールが、伝送制御部2にて選択され用いられる。具体的には、入力部からのデータの場合には宛先により、主制御部が判断し、所定の命令を出し、一方、着信信号によるときには網制御部7内の各網制御部71、72、73が伝送制御バス2aより所定の信号を送り、この信号を伝送制御部2が検知して、しかるべきプロトコールを選択するものとする。

伝送制御部2と伝送制御バス2aを介して接続される網制御部7は、この実施例においては、ローカルネットワーク用網制御部71、公衆データ網用網制御部72、一般加入電話網用網制御部73からなるもので、夫々の網に対応したインタフェース機能を独立に有する。

そして、ローカルネットワーク用網制御部71には、ローカルネットワーク7aが接続される。このローカルネットワーク7aは、一般的にはバス方式の網であり、例えばマルチドロップ方式などで、図示せぬ端末が接続される。そして、このローカルネットワーク7aの着信信号は、呼び出されるべきファクシミリ装置に割り当てられたアドレスを示すものであり、ローカルネットワーク用網制御部71は、このアドレスを読んで、自己の着信の有無を検出する。公衆データ網用網制御部72には、公衆データ網7bが接続される。この公衆データ網における着信信号は、直流レベルの変化であり、着信時には公衆データ網7bにある有意の直流レベルが現れるから、公衆データ網用網制御部72はこれを検出する。

一般加入電話網用網制御部73には、一般加入電話網7cが接続され、電話線8aを介して電話機8が接続される。この一般加入電話網7cにおける着信信号は、16Hzの交流呼び出し信号であり、この信号が一般加入電話網7cに現れると、一般加入電話網用網制御部73は着信を検出する。」(同明細書4頁13行ないし6頁17行)の記載、「他方、受信の場合、すべて自動受信モードで動作することとし、いずれかの網7a、7b、7cについての着信が網制御部7内で検出されると、呼出し検出信号が伝送制御バス2aを介して、伝送制御部2に到り、そのいずれかに対応したプロトコールが選択される。」(同明細書8頁7行ないし13行)の記載がある。

〈2〉  また、先願明細書記載の発明の出願がなされた当時のデータ通信とデジタルデータ交換網に関する技術を検証すると、例えば昭和54年2月15日、社団法人電気通信協会発行、日本電信電話公社編「ディジタルデータ交換網 第一部 交換局編 概要(その1)総論」に詳細に記載されているが、特に該文献の107頁ないし109頁.「2.2 データ通信回線の役割」「2.2.2 回線網の構成」の項の内、

「(2) 公衆通信回線の利用

特定通信回線は分岐方式や集線方式を適用して回線の有効利用が図れないことはないが、任意の相手と通信するためには必ず回線を設定しておく必要がある。そこで任意の相手と通信できしかも通信したい時だけ回線を設定できる回線として公衆通信回線がある。

データ通信システムに公衆通信回線を適用する場合次の二通りがある。

(A) 回線交換による方式

従来の電話・電信網で提供される電話型分衆通信回線・電信型公衆通信回線、ディジタルデータ交換網で提供される回線交換サービスがある。回線交換は任意の端末と情報処理センタ間を接続し、接続後は端末と情報処理センタ間の情報のやりとり(伝送制御手順)について全く関与しない。」の記載において、アナログ回線である従来の電話型公衆通信回線・電信型公衆通信回線に相対する公衆通信回線としてディジタルデータ交換網を挙げていることから見ても、当時、「公衆データ網」は「ディジタルデータ交換網」即ち、本願発明でいう「デジタル回線網」と同意味であったことは明らかである。

〈3〉  また、(イ)上記先願明細書の記載において、「伝送制御部2は、この実施例では、ローカルネットワーク用、公衆データ網用、一般加入電話網用の夫々のプロトコールを3種類有する。」、「主制御部1が所定のプロトコールを選択するように命令を出した場合又は、後述の網制御部7に着信があった場合には、その網に対応したプロトコールが、伝送制御部2にて選択され用いられる。」、「着信信号によるときには網制御部7内の各網制御部71、72、73が伝送制御バス2aより所定の信号を送り、この信号を伝送制御部2が検知して、しかるべきプロトコールを選択するものとする。」の記述及び上記先願明細書8頁7行ないし13行の記載、更に、「網制御部7は、この実施例においては、ローカルネットワーク用網制御部71、公衆データ網用網制御部72、一般加入電話網用網制御部73からなるもので、夫々の網に対応したインタフェース機能を独立に有する。」の記載から判断して、

(ロ)本願発明の「網制御手段と通信制御手段」の機能は上記先願明細書に記載の「網制御部7と伝送制御部2」の機能に相当し、本願発明の「アナログ回線インタフェース手段」、「デジタル回線インタフェース手段」は、夫々、上記先願明細書に記載のものの「一般加入電話網用網制御部73」、「公衆データ網用網制御部72」に相当する。

そして、上記先願明細書に記載の公衆データ網用制御部72及び一般加入電話網用網制御部73は、着信時においては、着信信号を検知するのみであり、該検知信号を伝送制御部2に伝達することにより、該伝送制御部2はしかるべきプロトコールを選択する、即ち、該伝送制御部2は一般加入電話網(アナログ回線網)から着呼があったときは、一般加入電話網用網制御部73(アナログ回線インタフェース手段)による回線接続を制御し、公衆データ網(デジタル回線網)から着呼があったときは、公衆データ網用網制御部72(デジタル回線インタフェース手段)による回線確立を制御するものである。

〈4〉  したがって、先願明細書には本願発明の主要な構成の全てを有するものが実質的に記載されている。

また、両構成の作用効果においても格別相違はないので両構成は実質的に同一であると認められる。

(3)  以上のとおりであるから、本願発明は、先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、同(2)〈1〉は認める。同(2)〈2〉のうち、「『公衆データ網』は『ディジタルデータ交換網』即ち、本願発明でいう『デジタル回線網』と同意味であったことは明らかである。」との部分は争い、その余は認める。同(2)〈3〉(イ)は認める。同(2)〈3〉(ロ)、同(2)〈4〉は争う。同(3)のうち、「本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められない」との部分は認め、その余は争う。

審決は、先願明細書記載の発明(以下「先願発明」という。)の技術内容を誤認し、その結果、先願発明は本願発明と同一であると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、先願発明の構成について、「先願明細書に記載の公衆データ網用網制御部72及び一般加入電話網用網制御部73は、着信時においては、着信信号を検知するのみであり、該検知信号を伝送制御部2に伝達することにより、該伝送制御部2はしかるべきプロトコールを選択する、即ち、該伝送制御部2は一般加入電話網(アナログ回線網)から着呼があったときは、一般加入電話網用網制御部73(アナログ回線インタフェース手段)による回線接続を制御し、公衆データ網(デジタル回線網)から着呼があったときは、公衆データ網用網制御部72(デジタル回線インタフェース手段)による回線確立を制御するものである。」と認定しているが、以下述べるとおり誤りである。

〈1〉 先願明細書には、着信時の動作に関して、「一方、着信信号によるときには網制御部7内の各網制御部71、72、73が伝送制御バス2aより所定の信号を送り、この信号を伝送制御部2が検知して、しかるべきプロトコールを選択するものとする。」(甲第3号証2頁左下欄6行ないし10行)、「他方、受信の場合、すべて自動受信モードで動作することとし、いずれかの網7a、7b、7cについての着信が網制御部7内で検出されると、呼出し検出信号が伝送制御バス2aを介して、伝送制御部2に到り、そのいずれかに対応したプロトコールが選択される。」(同号証3頁右上欄7行ないし13行)と記載されているだけである。

これらの記載をそのまま解釈すれば、「網制御部7内の各網制御部71、72、73は伝送制御部2に対してしかるべきプロトコールを選択するための信号(呼出し検出信号)を送出することで、伝送制御部2はその呼出し信号に応じたプロトコールを選択する」、つまり、プロトコルの選択をどのようにして行うかを記載しているにとどまるのであって、先願明細書には、「網制御部7内の各網制御部71、72、73」がそれぞれ回線の閉結ないし確立を制御する手段を備えているのか否かについては、何ら記載されていないことは明らかである。

〈2〉 そこで、先願発明につき、当業者の技術常識を勘案して、審決が認定しているように認定できるかについて検討する。

一般交換電話網における文書ファクシミリ伝送のための手順に関して定めているCCITT勧告においては、ファクシミリ通信において、プロトコルに応じてファクシミリ通信を識別・監視・制御する「手順」は、フェーズB(プリメッセージ手順)以後であって、プロトコルによる「手順」が行われる前提として「回線の接続」が行われていなければならない。そして、「網制御装置」あるいは「網制御部」という用語を用いる場合、一般には、「回線とのインタフェース手段を含み、回線の接続、切断ないし回線の確立、切断を行う機能を有するもの」という意味で用いられる。即ち、「網制御部」という場合、「インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段を有するもの」と理解するのが技術常識に合致するのであり、伝送制御部に「インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段」の機能を持たせるようなことは技術常識に反する理解である。

このようなCCITT勧告や「網制御部」の一般的意味からすると、先願明細書に記載の「着信信号によるときには網制御部7内の各網制御部71、72、73が伝送制御バス2aより所定の信号を送り、この信号を伝送制御部2が検知して、しかるべきプロトコールを選択するものとする」ということは、伝送制御部2は網制御部7で回線が接続された後にプロトコルを選択するという意味になる。また、「網制御部7は、この実施例においては、ローカルネットワーク用網制御部71、公衆データ網用網制御部72、一般加入電話網用網制御部73からなるもので、夫々の網に対応したインタフェース機能を独立に有する」ということは、夫々の網に対応したインタフェース機能を独立に有するとともに、回線の接続ないし回線の確立を行う部分であるという意味になる。

〈3〉 上記のように、先願明細書には、形式的にも、実質的にも、伝送制御部2が本願発明の制御手段を有することは記載されていないのである。

したがって、審決が、先願発明において「公衆データ網用網制御部72及び一般加入電話網用網制御部73は、着信時においては、着信信号を検知するのみであ」ると認定したこと、即ち、「伝送制御部2が網制御部による回線の閉結、確立を制御する」と認定したことは誤りである。

その結果、審決は、「機能」がいかなる内容を有しているかを何ら特定することなく、本願発明の「網制御手段と通信制御手段」の機能は先願明細書に記載の「網制御部7と伝送制御部2」の機能に相当する、という包括的比較による認定を持ち出して、本願発明と先願発明の構成は実質的に同一である、と誤って判断したものである。

(2)  取消事由2

審決は、先願明細書に記載された「公衆データ網」は「ディジタルデータ交換網」即ち本願発明でいう「デジタル回線網」と同意味である旨認定しているが、誤りである。

先願明細書には、「公衆データ網用網制御部72には、公衆データ網7bが接続される。この公衆データ網における着信信号は、直流レベルの変化であり、着信時には公衆データ網7bにある有意の直流レベルが現れるから、公衆データ網用網制御部72はこれを検出する。」(2頁右下欄6行ないし11行)と記載され、「公衆データ網」が「デジタル回線網」か「アナログ回線網」であるかについては何ら記載されていないことは明らかである。

ところで、甲第6号証によれば、「公衆データ網」という場合には「デジタル伝送路」で構成される網だけでなく、「アナログ伝送路」で構成される網も含まれる。

甲第4号証には、「ディジタルデータ交換網」は「電話型公衆通信回線、電信型公衆通信回線」に相対するものとして挙げられているが、それは「ディジタルデータ交換網」が「アナログ回線網」に相対するものであるという意味にとどまるのであって、それ以上に、「公衆データ網」は「ディジタルデータ交換網」に限定された意味で用いるのが一般的であるとまで言っている訳ではない。しかも、甲第4号証がデータ通信一般について記載されたものであることは、その目次から明らかであり、ファクシミリ装置において「公衆データ網」というときにそれが「ディジタルデータ交換網」を指すこともまた明らかでない。

加えて、先願明細書においそは、単に「仕様の異なる網」と記載しているだけであるから、そこにいう「公衆データ網」というものを「アナログ伝送路」で構成した「公衆データ網」と理解しても何ら先願発明の作用効果に支障を来すものでもない。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本願発明の各「インタフェース手段」は、明細書の特許請求の範囲に「アナログ回線インタフェースによる回線閉結」、あるいは「デジタル回線インタフェースによる回線確立」するものと記載され、発明の詳細な説明に、CPU5iからの制御信号により回線を閉結、あるいは確立する機能を有すると記載されており、また、原告の主張するように、「網制御装置」あるいは「網制御部」という用語を用いる場合、一般には、「回線とのインタフェース手段を含み、回線の接続、切断あるいは回線の確立、切断を行う機能を有するもの」という意味で用いられるとの解釈に照らし合わせても、本願発明の各「インタフェース手段」は、一種の網制御部であるといえる。よって、一般的意味において、網制御部は本願発明の制御手段を含む必要はないのである。

このように、一般にいう網制御部が本願発明における「制御手段」のような手段を備えている必要はなく、よって、先願発明の「公衆データ網用網制御部72」及び「一般加入電話網用網制御部73」が本願発明の「制御手段」を備えていないことは技術常識に何ら反することではなく、先願明細書に記載された「伝送制御部」が本願発明における「制御手段」に相当する手段を含み、また、先願明細書に記載された各「網制御部」が本願発明における各「インタフェース手段」に相当するということができる。

したがって、審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

先願明細書にいう「公衆データ網」として「デジタル回線網」、「アナログ回線網」の可能性のあることは認められるが、データをアナログ信号をもって、専有線でなく、一般公衆回線にて伝送することは信頼性上実行しにくいこと、及び、アナログ信号と異なるプロトコルにて制御するということから、当該「公衆データ網」が、アナログ回線網ではなくデジタル回線網であるとすることは、当業者にとって普通であるといえる。したがって、公衆データ網をデジタル回線網と認定することは妥当である。

他方、先願明細書に記載された公衆データ網が一義的に「デジタル回線網」であると認定できないと仮定しても、すでに「アナログ回線網」、「デジタル回線網」が存在していたという事実、及び、先願明細書にいう「公衆データ網」がそのいずれであっても何ら差異がないことを考慮すれば、先願明細書にいう「公衆データ網」とは両者を含む上位概念で表しているにすぎない。そして、本願発明において、回線をデジタル回線に限定した点に何ら格別な意味が認められない以上、この仮定においても、両者は実質上差異がないというべきである。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)〈1〉、同(2)〈2〉のうち、「『公衆データ網』は『ディジタルデータ交換網』即ち、本願発明でいう『デジタル回線網』と同意味であったことは明らかである。」を除く部分、同(2)〈3〉(イ)、及び同(3)のうち、「本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められない」との部分についても、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  本願明細書の特許請求の範囲の記載(本願発明の要旨に同じ)によれば、本願発明の網制御手段は、アナログ回線網に接続するためのアナログ回線インタフェース手段、デジタル回線網に接続するためのデジタル回線インタフェース手段、及び回線網から着呼があったときに各インタフェース手段による回線閉結あるいは回線確立を制御する制御手段を有しており、網制御手段の機能は、アナログ回線網及びデジタル回線網に接続してデータをやりとりするものであること、また、本願発明の通信制御手段は、アナログ回線網及びデジタル回線網の各々に対応した伝送制御手順処理を行うものであると認められる。

(2)  先願明細書中の「網制御部7は、この実施例においては、ローカルネットワーク用網制御部71、公衆データ網用制御部72、一般加入電話網用網制御部73からなるもので、夫々の網に対応したインタフェース機能を独立に有する。」(甲第3号証2頁左下欄12行ないし16行)との記載によれば、先願発明の各網制御部はインタフェース機能を有するものと認められる。また、「受信の場合、すべて自動受信モードで動作することとし、いずれかの網7a、7b、7cについての着信が網制御部7内で検出されると、呼出し検出信号が伝送制御バス2aを介して、伝送制御部2に到り、そのいずれかに対応したプロトコールが選択される。」(同号証3頁右上欄7行ないし13行)との記載によれば、先願発明の網制御部7は着信時において着信信号を検出するものであると認められる。さらに、「原稿送信モードでは、・・・送信原稿は、・・・伝送制御部2に取り込まれ、その後、網制御部7内から各々の網7a、7b、7cのいずれかに出力され、相手に送信される。次に相手からの受信原稿は、網7a、7b、7cのいずれかから入力し、網制御部7、伝送制御バス2aを介して、伝送制御部2に取り込まれた後、・・・ハードコピーとされる。」(同号証2頁右下欄19行ないし3頁左上欄12行)との記載によれば、先願発明においては網制御部7を通してデータのやりとりが行われるものと認められる。

そして、先願明細書中の[本発明では、複数の仕様の異なる網に対して夫々のインタフェース機能を有する独立した網制御部と、この網制御部と入力部とに接続され、各網に対応したプロトコールを有する伝送制御部とを備えさせて、各網制御部への着信信号・・・に基づいて、対応する網に応じて伝送制御部内のプロトコールを選択して、夫々のファクシミリ伝送に対処するようにして」(同号証2頁左上欄3行ないし11行)、「伝送制御部2は、この実施例では、ローカルネットワーク用、公衆データ網用、一般加入電話網用の夫々のプロトコールを3種類有する。」(同号証2頁右上欄14行ないし16行)、「網制御部7に着信があった場合には、その細に対応したプロトコールが、伝送制御部2にて選択され用いられる。」(同号証2頁左下欄2行ないし4行)、「着信信号によるときには網制御部7内の各網制御部71、72、73が伝送制御バス2aより所定の信号を送り、この信号を伝送制御部2が検知して、しかるべきプロトコールを選択するものとする。」(同号証2頁左下欄6行ないし10行)、「伝送制御部2内のプロトコールは、対応する網に合致されるべく制御される。例えば送信の場合・・・電話機8使用中のステータスが、一般加入電話網用網制御部73により伝送制御バス2aを通して伝送制御部2に送出され、また、操作パネル9からの送信開始コマンドが主制御部1に取り込まれ、伝送制御部2に伝えられると、一般加入電話網用網制御部73がイネーブルとされ、一般加入電話網7cに対応したプロトコールが、伝送制御部2で選択される。・・・他方、受信の場合・・・いずれかの網7a、7b、7cについての着信が網制御部7内で検出されると、呼出し検出信号が伝送制御バス2aを介して、伝送制御部2に到り、そのいずれかに対応したプロトコールが選択される。」(同号証3頁左上欄13行ないし右上欄13行)との各記載によれば、先願発明においては、網制御部7がいずれかの網についての着信を検出すると、呼出し検出信号が伝送制御部2に剰り、対応したプロトコルが選択されるものであって、伝送制御部2は各網に対応したプロトコルを備え、着信があった網に対応したプロトコルが選択されて用いられるものであり、伝送制御部2は伝送制御手順処理を行うものであると認められる。

以上認定したところによれば、先願明細書に記載の「網制御部7と伝送制御部2」は全体として、上記(1)に説示した本願発明の「網制御手段と通信制御手段」の機能と同様の機能を有するものと認められ、したがって、本願発明の「網制御手段と通信制御手段」の機能は先願発明の「網制御部7と伝送制御部2」の機能に相当する、とした審決の認定に誤りはない。

(3)  原告は、「網制御部」という場合、「インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段を有するもの」と理解するのが技術常識に合致し、伝送制御部に「インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段」の機能を持たせるようなことは技術常識に反する理解であることを根拠として、先願発明の構成につき、「先願明細書に記載の公衆データ網用網制御部72及び一般加入電話網用網制御部73は、着信時においては、着信信号を検知するのみであり、該検知信号を伝送制御部2に伝達することにより、該伝送制御部2はしかるべきプロトコールを選択する、即ち、該伝送制御部2は一般加入電話網(アナログ回線網)から着呼があったときは、一般加入電話網用網制御部73(アナログ回線インタフェース手段)による回線接続を制御し、公衆データ網(デジタル回線網)から着呼があったときは、公衆データ網用網制御部72(デジタル回線インタフェース手段)による回線確立を制御するものである。」とした審決の認定は誤りである旨主張する。

甲第6号証(「新版 情報処理ハンドブック」株式会社オーム社・昭和55年3月30日発行)には、「網制御装置」について、「網制御装置は交換網を利用する場合に接続、解放などの制御を行うもので、代表的な網制御装置として次の三つがある。(a)電話回線用網制御装置・・・(b)加入電信用網制御装置・・・(c)データ網用網制御装置・・・」(958頁)との記載があることが認められる。また、甲第7号証(特開昭56-90670号公報)には、「網制御部14は上記呼出し信号BLの着信を検出して局線を閉結する。」(2頁左下欄1行、2行)と、甲第8号証(特開昭56-51154号公報)には、「電話回線との交換接続および相手端末における着信が行なわれると、網制御装置14は、これを検知して着信検知信号を中央処理装置15へ送出するとともに、ファクシミリ装置12と電話回線3との間を接続制御する。」(2頁左下欄末行ないし右下欄5行)とそれぞれ記載されていることが認められる。

甲第6号証ないし甲第8号証の上記各記載によれば、「網制御装置」あるいは「網制御部」という用語が、インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段を有するものを表すものとして用いられる場合があることが認められる。

他方、乙第1号証(「ファクシミリ 新しい通信メディア」(株)電気通信技術ニュース社・昭和56年3月1日発行)には、ファクシミリに組込まれているNCU回路の一例として、図4.15とともに、「電話機をオフフックすることによりHリレーが動作し、Aリレーが“OFF”してHS情報が端末に供給される。端末側はこの情報が“ON”であることを確認して端末機の通信ボタンを“ON”すると、CMLインターフェースに+12Vが供給されてCMLリレーが動作する。CML動作によって回線が端末側に接続される。自動受信回路による動作の場合は待機状態においてAリレーが動作しているため、Rリレーが16Hzの呼出し信号によって動作し、これによってCIリレーが動作する。CIリレーの動作は着呼のあったことを端末側に示すインタフェースであり、このインターフェースが“ON”になると端末側は自動的に通信ONの状態となり、CMLのインターフェースをONとし、CMLリレーを動作させて回線を端末側に接続する。」(102頁1行ないし11行)と記載されていることが認められ、上記記載のNCU回路の動作は、本願発明における、各インタフェース手段の着信時に着信検出信号を制御手段に出力し、制御手段に制御されて回線を閉結する動作と格別相違するところはなく、乙第1号証の網制御部は、着信時に着信信号を検知するが、回線の接続、確立を制御する制御手段は備えていないものであると認められる。

上記認定事実によれば、「網制御部」という用語が、「インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段を有するもの」という意味で用いられることが技術常識であるとは必ずしも認め難く、「網制御部」には、インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段を有するものだけではなく、着信時に着信信号を検知するが、上記のような制御手段を備えていないものも含まれるものと認められる。

そうすると、先願発明には、公衆データ網用網制御部72及び一般加入電話網用網制御部73が着信時に着信信号を検知するが、インタフェース手段による回線の接続、確立を制御する制御手段を備えておらず、伝送制御部2が上記制御手段に相当するものを備えている構成のものも含まれているものと認めるのが相当である。

上記のとおりであるから、審決が、「先願明細書に記載の公衆データ網用網制御部72及び一般加入電話網用網制御部73は、着信時においては、着信信号を検知するのみであり、該検知信号を伝送制御部2に伝達することにより、該伝送制御部2はしかるべきプロトコールを選択する、即ち、該伝送制御部2は一般加入電話網(アナログ回線網)から着呼があったときは、一般加入電話網用網制御部73(アナログ回線インタフェース手段)による回線接続を制御し、公衆データ網(デジタル回線網)から着呼があったときは、公衆データ網用網制御部72(デジタル回線インタフェース手段)による回線確立を制御するものである。」とした点は、先願発明の構成につき一義的に認定したものであって適切とはいえないが、先願発明が上記のような構成を含むものであることは上記説示のとおりであるから、上記認定をもって誤りであるとまでは認め難い。

よって、原告の上記主張は採用できず、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

前記甲第6号証には、「データ回線の構成は、前述したアナログ伝送路およびデジタル伝送路による場合の2種類がある。」(950頁)と記載されていることが認められ、この記載によれば、「公衆データ網」には「デジタル伝送路」で構成される網だけでなく、「アナログ伝送路」で構成される網も含まれるものと認められる。

ところで、先願明細書に記載されている「公衆データ網」は、アナログ回線網、デジタル回線網のいずれであっても何ら差異がないことからすると(原告自身、先願明細書の「公衆データ網」というものを「アナログ伝送路」で構成した「公衆データ網」と理解しても何ら先願発明の作用効果に支障を来すものではないとしている。)、上記「公衆データ網」は、アナログ回線網及びデジタル回線網を含む上位概念であると解することができる。そして、本願発明において、回線を「デジタル回線」に限定したことに格別の技術的意義が存するものとは認められない。

そうすると、先願発明の「公衆データ網」は「ディジタルデータ網」即ち、本願発明でいう「デジタル回線網」と同意味である、とした審決の認定が誤りであるとは認められず、取消事由2は理由がない。

4  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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